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​18.イエスの歴史的な存在を否定できますか?

イエスが歴史的に存在していたかどうかについて、懐疑的な人々の批判を避けるために信仰にたよらず、また、キリスト教の立場からの文献を除いても、厳密な歴史的研究によって、次の事柄が確かなことであると分かっています。

​17.イエスはローマ帝国に対して、どのような態度をとりましたか?

イエスが生きた世界が社会的にも政治的にも複雑な様相を呈して、しばしば緊張があった中で、イエスが最初にローマ帝国を公に拒否する表明をせず、また無批判に受け入れもしなかったことは注目に値します。

​49.ポンティオ・ピラトとは誰ですか?

ポンティオ・ピラトは、西暦26年から36年もしくは37年初めまで、ローマ帝国のユダヤ属州で総督を務めた人物です。彼の管轄権はサマリアとイドマヤにも及びました。

​5.聖ヨセフは2度結婚したのですか?

聖マタイによると、「母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。

​38.サンヘドリンは何ですか?

サンへドリンはユダヤ法の最高法院で、口頭と書面の両面でのトーラーを解釈し適用して正義を確保することを使命としていました。同時に、それはローマ帝国権力に対するユダヤ人民の代表という性質を誇示しました。

​36.何故イエスは死刑に処せられたのですか?

ナザレのイエスという人物はその宣教が広がるにつれて非常に議論の的になってきました。

​3. なぜ12月25日にイエスの誕生を祝うのですか。

初代のキリスト信者は誕生日の祝いをしなかったようです(オリゲネス参照)。ディエス・ナタリス(dies natalis=誕生の日)、つまり永遠の祖国に入った日(帰天日)を、イエスが栄光に輝く受難によって死に打ち勝ってもたらせた救いにあずかる日として祝っていたのです(ポリカルポの殉教録参照)。

​35.最後の晩餐で何があったか?

イエスの受難と死に先立つ時間は、イエスと共に過ごした人々の記憶に非常に強く刻み込まれました。

​34.ペトロとマグダラのマリアはどのような関係にあったのでしょう?

聖ヨハネの福音書は次のように語っています、土曜日の次の日にマグダラのマリアはイエスの墓に向かい、そして墓を覆っていた石が動かされているのを見てそれをシモン・ぺトロと、主に愛された弟子に伝えるべく走りだしました。

アルバロ・デル・ポルティーリョ師列福式、今年9月27日、マドリードで

マドリードでの列福式と主な行事、ローマでの関連行事プログラム