4.聖書をどのように解釈するか
聖書には、世界と人間の生と歴史がその中に含まれている、と言うことができるでしょう。聖書を構成する書物全体は非常に広範な内容を持ち、人生そのものと同じように、多様な側面を含んでいます。聖書が矛盾しているように見えたり、正しいとは考えられない態度を推奨しているように思われたりすることがあります。論争を呼ぶテーマには、暴力、奴隷制、女性の役割、復讐などがあります。そのため、それぞれのテーマや個々のテキストのまとまりについて、聖書が何を教えようとしているのかを理解することを学ぶことが重要です。
第二バチカン公会議は、『神の啓示に関する教義憲章』の第3章で、聖書を正しく解釈するために考慮すべき原則と基準について述べています。それらを見てみましょう。
a)第一に、公会議は何よりもまず、神が聖書の著者であることを思い起こさせます。しかし、すでに述べたように、聖書において神は、人間を通して、人間の仕方で語られます。そのため、聖書を正しく解釈するためには、人間の著者たちが実際に何を言おうとしたのか、また、人間の言葉を通して神が何を示そうとされたのかを、注意深く探究する必要があります。
b)第二に、聖書は神によって霊感を受けた書物であるため、「それが書かれたのと同一の霊において読まれかつ解釈されなければならない」(『神の啓示に関する教義憲章』12番)。つまり、聖書を正しく理解するためには、解釈する者自身が神に心を開き、助けを求めることが必要です。このような心の開きがなければ、先入観や個人的な考え、関心が解釈を支配してしまいやすくなります。
c)第三に、聖書全体の内容とその統一性に十分な注意を払う必要があります。聖書は、その統一性において理解されて初めて、聖書なのです。この原則が重要なのは、聖書が示していることのすべてが、同じ価値や重みを持っているわけではなく、神の言葉がすべての箇所に同じように表されているわけでもないからです。聖書の中には、真理や概念の序列があります。それを知ることによって、読者を驚かせるような箇所についても、その本来の意味と及ぶ範囲において解釈することができます。常に心に留めておかなければならないのは、キリストが聖書の中心であり、その心であるということです。
d)第四に、聖書は教会の生きた伝承という文脈の中で解釈しなければなりません。なぜなら、聖書は、伝承が口頭で表しているのと同じ啓示を、書き記した形で表しているものだからです。また、伝承とともに、教会の信仰全体にも注意を払う必要があります。その信仰は、教導職において、真理の調和において、また教義の一体性において表されています。例えば、ある聖書の箇所についての解釈が、定義された信仰の真理と矛盾するならば、その解釈が真実である可能性は低いでしょう。
