
1. 神への憧れ
人間の心の奥底には、幸せへの郷愁があり、それは最終的な住まい、決定的な祖国への希望を指し示しています。私たちは地上的な存在でありながら、永遠を求め、神を求めています。神は、宇宙の起源と目的であり、最高の善として、世界と人間そのものを通して確かに知ることができるお方です(シリーズ「カトリック教会の信仰」)。

年間第8週・木曜日 67. バルティマイの信仰
― バルティマイの祈りは、あらゆる障害を克服する。自分の生活の中でお通りになるキリストにもっと近づこうと望む人たちの障害。 ― 主に従うための信仰と離脱。私たちの祈りも、匿名ではなく個人として、バルティマイのように直接、主に話しかけるものであるべき。 ― 道が暗闇に覆われているようなときもキリストに従う。

年間第13主日(A年)福音書の黙想
年間第13主日(A年)の福音朗読ではマタイによる福音書8章5ー17節が読まれます。マタイ8・38ー39についての聖ホセマリアの言葉を紹介します(説教より抜粋)。

節制と克己(II)
「自分自身の主人である人物は、神と隣人への奉仕に身を捧げることによって、この地上で可能な限りの幸福と平和を得ることができる素晴らしい可能性を持っています。」
あなたは何を求めていますか?
マチルダは思春期には、神の存在を疑問に思いましたが、クラクフのワールドユースデーの後、信仰を再発見しました。(2分のビデオ)

生きるための教育
子供たちを大切にするということは、子供たちが自分自身をコントロールできるまで育てること、つまり自由な人間にすることです。 「家族と子育て」についての記事。

まなざし
他の人を見る、キリストを見る、自分が見られる...。この記事では、観想する(何よりも神を観想する)とは、見ることを知り、人生をより美しくする清い目を持つことを意味すると説明されています。

イエス・キリストと教会
ナバラ大学の歴史と神学の先生たちは、イエスと教会に関するよくある質問に答えます (htm式とpdf式)