「太陽の日の夜明け」:聖体賛美式と聖母マリアの交唱
土曜日ごとに聖体賛美式を行い、聖母マリアの交唱を唱えることによって、私たちは日曜日の祝祭のための準備をし、私たちの二つの偉大な愛であるキリストとマリアを結びつけるのです。
100周年への道 (7):キリストの神秘によって引き受けられた仕事と人間の活動
ナザレにおけるイエスの隠れた生活は、仕事や日常のすべきことが深い神的な価値を持っていることを明らかにしています。それは、神に召された道、つまり、主の全生涯に倣いながら神との一致を求める道となり得るのです。日常生活や日々の仕事が展開される多様な状況は、この神的な呼びかけに真に普遍的な次元を与えます。つまり、この神的な呼びかけがあらゆる時代の圧倒的多数の男女にとって、手の届くものとなるのです。
「主を知り、あなた自身を知ること」(8):時宜を得て
神は、その時々にわたしたちにとって最もふさわしいやり方で祈りの効果を体験させてくださいます。聖エリザベトの祈りは、忍耐と粘り強さによって完全な喜びがもたらされることの証しです。
命を得るために命を捧げる:犠牲のキリスト教的意味(I)
キリスト者が断食をしたり、他の人のために自己犠牲を捧げたりするなど、苦しみを喜びをもって担おうとするのは、世界の悪と苦しみの重荷を、キリストお一人に背負わせたくないからです(シリーズ「戦い、親しさ、使命」第7回)。
100周年への道(5)創造と贖いの業への参与としての仕事
私たちは働くことによって、神の創造の計画に協力するだけでなく、贖いの業にもあずかることができます。仕事がキリストにおいて、愛と司祭的な心をもって行われるとき、それは聖化の手段となり、世界を変えていく力となります。
100周年への道(6)仕事、それは人間存在の本性に根差したもの
人類史における労働形態の発展を踏まえながら、人生における仕事の尊厳とその重要性について考察した上で、聖ホセマリアの教えの光のもと、仕事を「神との出会いの場」また「聖化の手段」として提示します。
センターを「家庭」にする(2)
キリスト者の家庭とは、家族一人ひとりが共に支え合いながら生きる場ですが、時にひずみも生じます。本稿ではその原因となるものを分析し、本来の姿を取り戻すためのヒントを探ります。









