いつくしみの特別聖年に関する属人区長の書簡(2015年11月4日)

この特別聖年を決定された教皇に、行いと祈りで感謝しましょう。教会と世界にとって本当の恩恵の時です。

属人区長の書簡
Opus Dei - いつくしみの特別聖年に関する属人区長の書簡(2015年11月4日)

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 愛する皆さん、イエスがわたしの子どもたちをお守りくださいますように!

1.「わたしたちの主イエス・キリストの父である神、慈愛に満ちた神、慰めを豊かにくださる神」(2コリント1, 3)、「憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛し、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし(…)、キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました(エフェソ2, 4-6)」。

 聖パウロのこの言葉を中心に話を進めようと思います。教皇フランシスコが、第二バチカン公会議閉幕五十周年に当たって呼びかけられた「いつくしみの聖年」のため、でき得る限り良い準備をしたいと思いしたためることにしました。周知のように、聖年は12月8日に始まり2016年11月20日の王であるキリストの祭日で幕を下ろすことになっています。

 教皇がこの特別聖年の開催を予告されたとき、それが属人区のマリア年の最終期に合致していることにキリスト者としての喜びを覚えました。聖マリアの連祷で唱えるようにRegína famíliæ(家庭の元后)、Mater misericórdiæ(あわれみの御母)であられる聖母のさらなるご保護を表わすしるしとして、その知らせを受け取ったのでした。

 聖母の執り成しを通して主のいつくしみに与るようにしましょう。主はいつでも、わたしたちの願いに耳を傾け、個人の必要に応じて助けてくださる安全な拠り所です。神のいつしみによってわたしたちは、愛徳、理解、兄弟愛、人々への配慮を増すことができるようになるのです。わたしたちは、教会の一員として、「人類家族とその歴史をより人間にふさわしいものにするため」[1] 貢献したいと望んでいるからです。日々、確固とした希望をもって歩みを続けましょう。神は、わたしたちが平和を満喫できるように、つまり至聖三位一体が常に被造界を見守っている確信を様々な形で示してくださっています。教皇フランシスコが思い起こさせて下さるように、被造物を通して神の父としての愛に満ちた御手を見つめるようにしましょう[2]

 この特別聖年を決定された教皇に、行いと祈りで感謝しましょう。教会と世界にとって本当の恩恵の時です。信心において、また秘跡、特にゆるしの秘跡とご聖体の司式において、主との親しさを深め、そして隣人への兄弟愛を具体的に表わすようにという教皇の招きに喜んで応えましょう。聖霊に素直なら、イエス・キリストとの一致がより強くなり、天の御父によく似たものになるでしょう。イエス・キリストは父のいつくしみ深いみ顔を表わしているのですから。

2. Deus, cui próprium est miseréri semper et párcere: súscipe deprecatiónem nostram[3]、いつも憐れみ深く寛大な神よ、わたしたちの願いを受け入れてください、と毎日わたしたちは祈っています。いつくしみこそは、神の全てを要約する特質であり、わたしたちは、教会が勧めるように、常にいつくしみの心を深めるようにすべきです。それを子としての信頼をもって実行します。この特別聖年を決定されたとき、教皇はこう述べておられます。いつくしみは「三位一体の神秘を明らかにすることばです。(…)神がそれゆえにわたしたちに会いに来られる、究極の最高の行為です。(…)人生の旅路で出会う兄弟と真摯に向き合うとき、それぞれの心で働く、基本となる法です。いつくしみ、それはわたしたちの罪という限界にもかかわらず、いつも愛されているという希望を心にもたらすもので、神と人が一つになる道です」[4]

 聖ヨハネ・パウロ二世は35年前に回勅『いつくしみ深い神』を公布されました。神の愛を如実に表わすこの言葉を度々黙想することが、わたしたちにいかにふさわしいことかを説いておられます。「教会と現代人の多様な経験がこのことを求めています。多くの人間の心からの嘆願、苦しみと希望、心配と待望がこのことを求めています」[5]

 聖ヨハネ・パウロ二世のこの言葉は現代にぴったりと当てはまるだけではなく、日毎に緊急さを帯びてきています。わたしたちにはいつも神の御憐れみが必要ですが、現代はそれが焦眉のこととなっています。教皇がローマ教区で多くの大聖堂を、また各司教が教区で聖年の扉を開くとき、「わたしたちは、教会の生命と全人類そして広大な宇宙を、キリストの支配に委ねるのです。そうすれば、近い将来、すべての人の手による豊かな歴史が作られるようにと、キリストがそのいつくしみを露が降るようにもたらしてくださるからです」[6]。聖ホセマリアは、オプス・デイ草創期から、自分の経験に基づいて、子どもたちを決して見捨てない神の無限の愛により頼むようにと切に願い、種々のやり方でイエスの聖心の扉を叩くよう勧めていました。

3. 聖ホセマリアはこの世の道を、キリストがこの世にもたらされたいつしみで満たすよう教え、こう説明していました。「人々に仕えるためのわたしたちの献身は主の御いつくしみの表われですが、主のいつくしみはわたしたちだけにではなく、全ての人に向けられたものです」[7]。イエスの傷ついた聖心から人類に絶えず注がれるいつくしみ深い愛が、個々のキリスト者と全ての善意の人々に満ち溢れるよう主に協力するため、創立者に手を引かれて進んで行きましょう。

 こういうことで、子どもたちよ、いつくしみの聖年を真摯な信心と喜びをもって歩み始めるよう切にお願いします。神のいつくしみを高らかに歌い上げている聖書から教えを汲みとることができるでしょう。特にキリストの生活と教えにおける模範をじっくり見つめることです。聖ホセマリアは、贖い主と親密に一致しつつ、その足跡を辿るよう努めました。ですから、羊たちのために全存在を傾ける神なる善き牧者(ヨハネ10, 1-18参照)に絶えず目を向けるようにしていたのです。そして、わたしたちだけではなく他の多くの人たちにも、天地の主にもっとよく目を向けるようにと勧めていました。

人類に対する神のいつくしみ

4. 旧約聖書には人間をいつくしむ神の無限の愛が数多く取り上げられています。「主は恵みに富み、憐れみ深く、忍耐強く、いつくしみに満ちておられます。主は全てのものに恵みを与え、造られたすべてのものを憐れんでくださいます」(詩編145, 8-9)。預言者たちは倦まず弛まず忠告しています。「あなたたちの神、主に立ち帰れ。主は恵みに満ち、憐れみ深く、忍耐強く、いつくしみに富み、くだした災いを悔いられるからだ」(ヨエル書2, 13)。

 主は、最後の晩餐でユダヤの伝統に従い大ハレル、あるいは賛美の歌と呼ばれる詩編で祈られました。それは神が実現された創造のみわざと歴史を歌い上げている詩編で、一節ごとに「いつくしみはとこしえに」(詩篇136)と繰り返しています。

 「いつくしみのゆえに、旧約の全ての出来事は、救済の深い力で覆われています」[8]。同じことが新約聖書においては、神の御子の贖い主としての受肉を通して十全に表明されています。イエスご自身が、十字架上のむごい犠牲によって命を捧げ、ご聖体と諸秘跡をお定めになったときに、その最高の愛の行為を神のいつくしみの根本的な内容になさいました。

 イエス・キリストのベツレヘムでのご誕生からカルワリオでの燔祭に至るまでの福音書の各章を度々読み返しましょう。そこには、人々に同情し、人々をいつくしむお姿が浮き彫りになっています。病人をいやし、悪魔つきを治し、空腹の群衆に食べ物を与え、人々に必要なことをふんだんに教え広め、後悔する罪人に近づき、そしてゆるし、弟子たちを選び、彼らを眼差しや言葉で諌め、十二使徒を召し出して世界中に送り出し、御母をわたしたちの母とされ、約束の聖霊を送られるなどなど、主の慈悲深さが表われている場面に立ち止まり黙想しましょう。主の振る舞いやお言葉は全て、父なる神のいつくしみのみ顔を写し出しています。

 同じことは、イエス・キリストのご昇天後、教会の歴史の中にも見られます。光と闇の交錯するキリスト教徒の旅路で、いつくしみ深い神の介入がなかったことはありません。教会に住まわれる聖霊、ご聖体におけるキリストの現存、さらには聖母のいつもの執り成しは、主のいつくしみがふんだんに絶えることなく注がれていることを明かしています。天の父に弛まず感謝しましょう。心の扉を開け放ち、人々も神の恩恵に浸ることができるよう働きかけましょう。

神のいつくしみの歴史

5. 聖ヨハネ・パウロ二世は回勅『いつくしみ深い神』で教会生活の中心に、また人類の歴史に、いつくしみを中心に据えておられます。「終末的完成においていつくしみは愛として啓示されます。それまでの時間の段階では、人間の歴史のなかで、罪と死のなかでは、愛は何よりもいつくしみとして表わされ、いつくしみとして実現されなくてはなりません。キリストの救世の計画は、いつくしみの計画であり、それがキリストの民の、つまり教会の計画となります。その中心には、いつも十字架があります。十字架のうちに、いつくしみ深い愛の啓示は頂点に達します」[9]

 事実、神の愛を表す十字架と復活を切り離すことはできません。復活の秘義は全て神のいつくしみを表わします。福者パウロ六世が確言されました。「救いの歴史は、人間のみじめさを身に帯びておいでになる神のいつくしみに導かれています」[10]

 キリストはわたしたちの罪を担い、「多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた」(ヘブライ9, 28)のです。聖母は、罪以外わたしたちと同じ人間性をお取りになった方(ヘブライ4, 15参照)の奉献を全く自由に受け入れ、真の同情をお示しになりました。聖マリアはMagníficatで「その憐れみは代々に限りなく、(主を畏れる者に)及びます」(ルカ1, 50)と予言されました。

6. 子どもたちよ、神のいつくしみを讃えるこの世代にわたしたちも生きており、それを喜んでいます。創立者は自分の生活において、またオプス・デイにおいて、主の特別な愛を間断なく発見しました。「オプス・デイの全歴史は神のいつくしみの歴史です。」と度々繰り返し話し、1960年代には次のように強調しました。「この手紙でも、これから記すはずの多くの文書でも、神のいつくしみ深い摂理を語りつくすことはできないでしょう。神のいつくしみがわたしたちに先立ち、オプス・デイはそのおかげで歩むことができたのです」[11]。この確信から「オプス・デイの歴史はひざまずいて記すべきだ」[12] と断言していました。創立者は、オプス・デイがひとえに神のイニシアティブによって創立され進展したことを強調し、自分の務めは神のみ旨に忠実な道具になることだと自認していたのです。

 事実、1928年以来、聖ホセマリアの存在とオプス・デイは緊密に絡み合っており、両者を区別したり切り離したりすることはできません。ある説教で述べています。「オプス・デイのことは全て神がしてくださいました。人間の目で見ると、そのとき何がありましたか?ただ快活さとイエス・キリストと教会への大きな愛、そして不可能なことを前に堅忍する熱意だけでした。主はありのままのわたしをお使いになりました。子どもは、鉛の兵隊を思いのままに動かし、時には首をはねたりして遊びますが、主はわたしを同じように扱われたのです。ご自分が望まれた小道にわたしを導き、衝撃を受けるようなこともお許しになりましたが、それはわたしに役立つと神が思われたからです」[13]

 そのような一つひとつのことは、創立者の忠実と主の御手への委託をより純粋なものにするため役立ちました。教皇フランシスコが指摘しておられます。「自分の人生は実を結ぶだろうと強く自覚していたとしても、いつ、どこで、どのようにかを知ることはできません。愛をもってなされた働きは決して無にはなりませんし、他者のための真の心配り、神に対する愛の行為、惜しみない努力、痛みを伴う忍耐、どれもが決して無にはなりません」[14]。だから、創立者は決して平和を失うことはなかったのです。「子どもたちよ、痛悔には愛があります。いかなる仕事や労苦でもgáudium cum pace喜びと平和を失うことはありませんでした。というのも、神が愛することお教えくださり、nullo enim modo sunt onerósi labóres amántium(聖アウグスティヌス『De bono viduitátis』21, 26)愛する人にとって仕事は重荷ではないからです。それゆえ、愛することを学ぶことが重要です。in eo quod amátur, aut non laborátur, aut et labor amátur(愛するならばもはや労苦はなく、労苦すら愛に変わる)(聖アウグスティヌス、同上)幸せは愛のあるところに存するからです。このわたしの生き様は、神のいつくしみのおかげでした。神は、わたしの幼少時から愛することを教え、青年期に達したころわたしの心に燃えるような愛の種を植え付けてくださいました。子どもたちよ、その種が今、枝葉を生い茂らせる高い木となり、多くの人たちがその木陰で力を取り戻しています」[15]

7. 聖ホセマリアはいつもこのように振る舞いました。神のご保護がいかに確実な避難所であるかという信念を昔から身に付けていました。家庭で両親から学んだこの信念は、司祭職への準備のためログローニョの神学校とサラゴサの聖カルロス神学校時代に確固としたものになりました。サラゴサでは、茨の冠で覆われた愛熱に燃えるイエスの聖心の絵に深く感動しました。その後、スペイン市民戦争の間、この信心を新たな形で示し、イエスの聖心の祭日前夜の念祷の中で次のように語りました。

 「わたしの神よ、わたしは御身の胸の傷の傍らで自分を見つめ、わたしの全ての子どもたち、今、御身のオプス・デイの生きた成員である皆のことを考えたいと思います。彼らの名前を呼び、その資質や諸徳、欠点を思い巡らし、その後、一人ひとりを御身の方に向かわせ、お願いしましょう。深く入り込みますように!御身の聖心に押し込みましょう。世の終わりに至るまで、この超自然の家族に加わる全ての人一人ひとりにこのようにしたいと思います。皆がキリストの聖心において一致し、主への愛において一つとなり、皆が、犠牲の伴ったこの愛の力でこの世の事柄から離脱しますように。初代信者のようになりたいと思います。社会の中で彼らの精神を再現しましょう。最初に、オプス・デイの中で、congregavit nos in unum Christi amor キリストの愛のうちに一つになることを実現させることから始めましょう」[16]

 ミサ聖祭の聖変化の後、聖ホセマリアは、若いころ習い覚えたいつくしみ深い神への祈りを心の中で唱えていました。あらゆる時代の子どもたちに及ぶオプス・デイにおける父としての思いは、愛深いイエスの聖心への信心によって深まっていったのでした。そして、ミサ聖祭においては全人類を贖うキリストの熱望に満たされていました。このことを考えるとわたしたちも、世界の出来事や個人の生活で遭遇する困難な状況に、堅実で楽観的な態度で対処できるでしょう。神は、常に同じであり、全知全能でいつくしみそのものであられ、いつでも悪から善を引き出される方です。主に信頼する者には、敗北を大勝利に変えてくださるのです。

8. 1970年代に、信仰と規律の危機が人々に害を与えていた時、聖ホセマリアは神からの新たな光を受け、神の絶えることのない助けに対する確信は揺るぎないものになりました。1971年8月23日、ミサ聖祭の後、主は、ヘブライ人への手紙の一節とほとんど同じadeámus cum fidúcia ad thronum grátiæ, ut misericórdiam consequámur (ヘブライ4, 16参照。“grátiae”は『ヘブライ書簡』では “glóriae”:訳者注)いつくしみを受けるように、大胆に恵みの座に近づこう、という言葉を彼の心に焼き付けられました。すぐに、そのころ傍にいたわたしたちに伝え、数週間後、ローマの子どもたちとの親密な家族の集まりでそのことを話しました。

 「主なる神が皆にも知ってほしいとお望みのことを話します。オプス・デイの神の子どもたちは、ad thronum glóriæ 栄光の座に、つまりわたしたちが度々、上智の座としてお願いしている、神の御母でありわたしたちの御母、至聖なるおとめマリアに、adeámus cum fidúcia 強い信仰をもって近づかなければならなりません。ut misericórdiam consequámur 神のいつくしみに与るために。(…)

 甘美なるマリアの御心を通して、イエスのいつくしみ深い聖心に近づき、教会に主のいつくしみの力を表わし、わたしたちを強め、わたしたちが多くの人々を主に導きながら、前進できるようお願いしましょう」[17]

 この確信に突き動かされた創立者は、念祷で黙想するため、この喜びと主のご保護についての最もふさわしい言葉を神のみことばの中に探し続けました。こうして一年後、創立者はある「発見」について語りました。その「発見」は、創立者の心を大きな楽観と信頼で満たし、教会への愛ゆえに大きな苦しみの原因となっていた大変辛い事柄を耐え忍ぶ支えとなったのでした。

 「最近、神のいつくしみを語る聖書の章句を熱心に黙想しています。聖書記者はこの言葉を種々の意味で使っていますが、いつくしみを単に一般的な同情、あわれみの意味だけではなく、被造物に対する神の忠誠であると考えていたのは確かです。

 これがいかに素晴らしいことであるかに目を凝らしましょう。主なる神が人間のように同情されるのです。いつくしみには同情の意味もあるのですから。神は忠誠をもってわたしたち一人ひとりを父母の愛で見てくださいます」[18]

 創立者は、若いころに黙想した聖書のことばを常により一層深めて行きました。神は、人の子らを喜びとした(箴言8, 31参照)のですから、確信をもってオプス・デイを進展させるために歩んでいきました。万策尽きたときも、この神の「喜び」に奮い立ち、オプス・デイが前進することを確信していました。

正義といつくしみ

9. 師イエスが天の国の特徴を弟子たちに説明されたたとえ話のうち、カトリック教徒の大詩人が「キリストの柔和についての公証人」[19]と命名した聖ルカは、神が人間に配慮してくださることを際立たせる三つの教えを記載しています。それは、迷える羊、なくしたドラクメ銀貨、放蕩息子のたとえ話です。この中で「イエスは神の本性を明らかにされます。それは、あわれみといつくしみによって、罪から解放し拒絶を砕くまで、決して音を上げない父親の本性です」[20]

 神のいつくしみ深い聖心を如実に表わしているのが、放蕩息子の帰りを来る日も来る日も忍耐強く待ち続け、不肖の息子が戻ってくるならすぐにゆるそうと待ち構えている父親の姿です。聖ヨハネ・パウロ二世は回勅『いつくしみ深い神』の中で、この教えは全ての人に当てはまることを強調し、こう明言されました。「このたとえは愛の契りへのあらゆる不忠実、恵みの喪失、罪に間接に触れています。(…)息子がお父さんからもらったのは、物的財の一定量でしたが、これよりもはるかに重要だったのは、〈父の家での息子としてのあり方の尊さ〉、(…)捨てられたてしまった、子としての自覚だったのです」[21]

 創立者もこのたとえを同じようにコメントしています。「わたしたちに示される神のいつくしみは、いつも立ち戻るよう励まします。子どもたちよ、最も良いことは神の傍から離れたり、神を放棄したりしないことですが、人間的な弱さによって神から離れてしまったなら急いで立戻りなさい。神はいつでも放蕩息子の父親のようにさらなる愛をこめて受け入れてくださいます」[22]

 聖ヨハネ・パウロ二世が説明されているように、このたとえ話には「正義」や「いつくしみ」という言葉は使われていません。「けれども『いつくしみ』となって表われる正義と愛との関係が、この福音のたとえの内容によって大変正確にしるされています。正義が要求する、適格ではあるがしばしば狭量な規範を乗り越えなければならないとき、愛はいつくしみとして現われるということがより明らかになります」[23]

 聖ホセマリアは、正義の実行は愛に基づいていることを母親の姿に見出しました[24]。彼にとって、神の正義は「いつくしみの深み」[25]として記憶されていたのです。「権利があるかのように主に近づくことはできません。詩編にMiserére mei, Deus, secúndum magnam misericórdiam tuam(詩編50, 2)神よ、わたしを憐れんでください、大いなる御いつくしみをもって、とあるようにわたしたちを憐れんでくださいと願うべきです。正義を盾に主に要求してはなりません」[26]

10. 正義といつくしみを対立させる人々が必ずいるものです。教皇は聖年を始められるに当たって、この誤った考えに注意を呼び掛けていらっしゃいます。「それは相反する二つの特徴なのではなく、愛の充満という頂点に達するまで段階的に発展していくただ一つの現実の、二つの側面なのです(…)。

 正しい人と罪人とを分ける判断としての律法の遵守だけを正義だとする見方に対し、イエスは、罪人にゆるしと救いをもたらすために彼らを探し求めるという、いつくしみの偉大なたまものを示そうとします。イエスがファリサイ派や律法学者から排斥されたのは、そうした解放者としての考え方や革新の源泉によるものだと理解することができます」[27]

神のいつくしみにより頼む

11. 先に思い起こしたことですが、神の特別な恩恵の実りとして、創立者は聖書に輝き出ている神のこの上もないいつくしみを深く極めました。例えば、ナインのやもめの息子の蘇りの奇跡をコメントして、「たぶんわたしたちは気づかない聖なる理由で、主はわたしたちをお愛しになりました。misericórdia motus super eam(ルカ7, 13)主はこの母親を見て、憐れに思い、奇跡を行われます。聖ルカは、一人息子を亡くした貧しい未亡人だったと人間の考え得る理由を挙げています」[28]

 葬列に加わっていた大勢の人々がおり、またイエスに付き従っている人々もいました。しかし主だけがあの母親の嘆きに心を寄せ、近づかれたのです。いつくしみ深い聖心は、わたしたちに先んじてわたしたちに必要なことを察し、行動されることに感嘆しませんか。贖い主のこの神的人間的なお姿は、いつでも主に頼りつつ励むべきことを示唆しています。主のいつくしみを頼りにしていた創立者が細かく解説しています。「あなた方とわたしも主のいつくしみに頼らなければなりません。わたしたちは神に対して何の権利も持ってないのです。個人的に神の子でると実感しているとしても、少なくとも、主よ、わたしはこのことを要求します、などと言えないことは明々白々です。わたしは、痛悔の涙と共に主に近づき、御憐れみをお願いします」[29]

 聖ホセマリアは晩年になって、強い信頼をもって頻繁に神のゆるしを求める必要を感じ、Cor Iesu Sacratíssimum et Miséricors, dona nobis pacem! という射祷を唱え始めました。この射祷は、1952年、オプス・デイと使徒職活動、教会と人類の必要を奉献するにあたり、イエスの聖心へ向けて唱えられたものでした。その頃から、教会と人々、世界のために天のご保護を求めることが創立者のさらなる日課になったのでした。

 ここに、神のいつくしみに捧げられた今年、神に願い求める主要な実りが浮かび上がります。それは、社会の歩みが掟にそったものになり、人々が神の愛熱の火で燃え立ち、教会のどこにおいても明確な教義と真の信心が再興されることです。教皇の次の言葉でわたしの思いを伝えます。「神の優しさと温かさを届けつつ一人ひとりと出会えるよう、これからの年月がいつくしみに浸ることを、わたしはどれほど願っていることでしょう。信じる人にも信仰から遠く離れた人にも、すべての人に、すでにわたしたちの間にある神の国のしるしとして、いつくしみの芳しい香りが届きますように」[30]

天の父のようにいつくしみ深くありなさい

12. 教会は、誰をも除外することなく全ての人に神の愛を示そうと絶えず心を尽くしています。しかし、教皇フランシスコは指摘されます。「わたしたちは長い間、いつくしみの道を示し、それを生きることを忘れていたかも知れません。一方では、ただ正義のみを要求したいという欲求が、正義は第一歩であり必要不可欠ではあるものの、教会はより高くもっと意味のある目標に達するためにさらに進む必要があるということを忘れさせていました」[31]

 自分と人々の罪のゆるしを神に願うだけでは不十分です。この願いは何事にも替え難いものですが、それには隣人に対するいつくしみの行為が伴わなければなりません。「『神を愛している』と言いながら兄弟を憎む者がいれば、それは偽り者です。目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません。神を愛する人は、兄弟をも愛すべきです。これが神から受けた掟です」(1ヨハネ4, 20-21)。

 慈善のわざは教会が繰り返し勧め実践してきたことですが、これは善意を具体化するのにふさわしい道です。『カトリック教会のカテキズム』では、「慈善のわざとは、身体的・精神的に困っている人々を助ける愛の行為です」[32]と説明されています。これを熱心に実行することが教皇の聖年の勧めの一つです。「イエスの教えは、わたしたちがその弟子として生きているか否かを理解するための、慈善のわざの数々をしめしています」[33]

 イエスが福音書で、明確に確固とした基準を示しておられます。「人にしてもらいたいと思うことを人にもしなさい。自分を愛してくれる人を愛したところで、あなた方にどんな恵みがあろうか。罪人でも愛してくれる人を愛している。また自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている。返してもらうことを当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。罪人さえ、同じものを返してもらおうとして、罪人に貸すのである。

 しかし、あなた方は敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。あなた方の父が憐れみ深いように、あなた方も憐れみ深いものになりなさい」(ルカ6, 31-36)。

身体的な慈善のわざ

13. カトリックの教えは身体的な慈善のわざを「飢えている人に食べさせ、宿のない人に宿を提供し、着るものを持たない人に衣服を与え、病人や受刑者を訪問し死者を埋葬することなど、中でも、貧しい人への施しは兄弟愛のあかしの代表的なものの一つで、神に喜ばれる正義の実践でもある」[34] と要約しています。つまりこれら全てのわざは、イエス・キリストがお与えになった愛の新しい掟mandátum novum(ヨハネ13, 34)を実践することです。救い主の勧めに従って教会はいつも貧しい人、病人、悲しんでいる人、家庭のない人たちなどに特別な愛を注いでいます。また、最後の審判に関するあの主のみことばを考慮してきました。「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25, 40)。そしてイエスは、善きサマリア人のたとえで、わたしたちの愛徳は全ての人に及ぶことを明確にされました。

14. 教会の生きた部分であるオプス・デイにおいては、身体的な慈善のわざを決しておろそかにしてはならないことが執拗に繰り返されています。創立者はオプス・デイ草創期からそれを実行し、マドリードの様々な病院を訪問し、悲惨な貧しい人々や、見た目には普通の生活を送っているように振る舞ってはいるものの、実際は必需品にも事欠く恥辱を耐え忍んでいた人々を寛大に助けていました。そして、使徒職に近づいた人たちにも同じことをするよう教えました。これらの活動を聖母に委ね、こうして、オプス・デイにおける「聖母の貧しい人々」を訪問する習慣が生まれ、属人区の信者が働いている全ての所で、それを実践し続けています。聖マリアの日である土曜日には、若い人たちに貧しい人を助けるための献金をするよう勧めています。貧しい人々を助けて「聖母に敬意を表し、愛徳を実行するのです」[35]。全てこれは形成の手段です。若者に寛大さを促し、愛徳において成長させるからです。

 聖ホセマリアは、神は被造物をどのように世話なさるのかということに、いつも学び「この世の富が少数の人々の間で分配され」ているのを見て心から嘆いて言われました。「文化財も一部の人が握っています。そして、それ以外のところには、食べ物と知識への飢えがあるのです。人間の生活は神から出たもので、聖なるはずですが、実際には、統計表の項目とかその数字としてしか扱われていないのです。このように現状を眺めると、先に述べたもどかしさが解り、それに共感を覚えます。すると、これが動機となって、『新しい愛の掟』を実行するよう絶えずわたしたちに誘いかけておられるキリストの方に視線を向けるようになるのです(…)。

 兄弟である人々を見て、わたしたちとの出会いを求めて来られるキリストに気が付かねばなりません。だれの生活であっても、決して孤立したものではなく、周囲の人々の生活と密接に結びついています。どんな人もばらばらに分かれた一行の詩ではなく、皆が『神の詩』の一部を構成しています。わたしたちの自由意志にもとづいた協力を得て、神はそれを書き上げていかれるのです」[36]

 何と多くの若者たち、つまり大勢の少年や少女たち、さらに多くの大人たちが、隣人の緊迫した窮乏に気づいて、兄弟・姉妹である彼らのうちに貧しいキリストを見つけ出し、人々への奉仕の心をより良く高めたことでしょう。主は、無限に、より寛大に、彼らを特別な恩恵で満たしました。ただ主だけがご存知の人々の深い回心、そして多くの人々が、神と教会への全面的な献身を決意しました。それは、貧しい人や年老いた人、病人や囚人などを温かく見舞ったことで誘発されたのです。

15. オプス・デイの進展と共に、オプス・デイの信者や協力者の自発的な使徒職を通して、時代の情勢や様々な環境に合わせた、新たな形の物的な援助活動が生まれました。農村や大都市の近郊で、様々な環境の人たちのための職業訓練学校が多数設立されました。貧しい地区の低収入の人たちのための診療所や病院を作り、発展途上国の援助のためのNGOや先進国であると考えられている国々でのフードバンクなどの福祉活動も盛んになりました。経済危機に見舞われている現今では、多くの男女が自身と家族の物的な不足を助けてもらわざるを得なくなっています。

 属人区の信者と協力者が連帯して推進する活動が拡大していることを神に感謝しています。しかし、わたしたちはこれで満足していることはできません。神の恩恵によって、キリスト者であってもそうでなくても多くの善意の人たちの助けに支えられて、このような企画の活動範囲を広げるよう望んでいます。

16. もう一度繰り返しますが、病人たちのお世話をより細やかにしてください。自宅や病院、その他どこであれ、身体的・精神的に苦しむ人々の居る場所で。当然のことですが、オプス・デイのセンターやアソシエート、スーパーヌメラリーの家庭でも。一人ひとりの病人は特別な形でイエス・キリストを表わしているのです。

 できる限りの医療を受けやすくすることはもちろんですが、より重要なことは霊的な配慮です。司祭にとっては、ゆるしの秘跡とご聖体の授与、信徒なら、病人が祈りの精神、つまり観想と感謝、賞賛と感謝を維持できるように相応しいやり方で、模範を示し、助言することです。例えば、彼らが、ロザリオの祈りを唱えたり、キリスト教的信心業を果たすことによって、苦痛の中でも喜びに満たされ、病気や苦しみ、それに伴う限界を神に捧げることができるならば、聖パウロが苦しみの救済的価値を示して言っている「キリストの体である教会のために、キリストの苦しみの欠けたところを」(コロサイ1, 24)[37] 補いうることを知って感謝するでしょう。

 死の危険に陥ったら、可能な限りの実りがもたらされるように、最善の注意を払って病者の塗油を受けさせる準備をします。教会は、このいつくしみの秘跡は、罪を赦し、また、それがふさわしいことなら、病を治してくれると言っています[38]。教会の何世紀にもわたる伝統は、臨終の時を待たずに、よく準備してこの秘跡に与った人が大きな平和と落ち着きを与えられたと伝えています。何と素晴らしい家庭内の使徒職でしょう。というのも、無知のためか、あるいは病人が不安がるのではという心配からか、愛する病人の意識が失われるまで司祭を呼ばず、その世話を頼まないことがしばしば起こっているからです。

17. 時の流れの中で、いくつかの身体的な慈善のわざに、その表現方法や適用の仕方に変化が見られます。巡礼者の世話は現代では“無宿者に宿を提供する”と言われるようになっています。今では、仕事や生活の向上などを求めて自国を捨てた難民の援助を含んでいます。師キリストの弟子なら、このような人たち、ときにはその全家族に、配慮することを誰も疎かにしてはなりません。特に宗教の理由で迫害を受け、追放の身であるキリスト者に思いを馳せ、聖徒の交わりを活きいきとさせなければならないと思います。

 教皇フランシスコは、緊急なこととして為政者たちに、そして全ての善意の人たちに、具体的な援助法を考えるよう促しておられます。すでに、使徒的勧告『福音の喜び』で次のように呼びかけておられます。「わたしたちは、新たなかたちで現れている貧困と弱さに密に接するために、心を砕かなければなりません。見かけ上、それらは具体的な益を直ちにもたらすものではありませんが、そこにおられる苦しむキリストに気づくよう、わたしたちは招かれているのです。すなわち、家のない人、依存症の人、難民、先住民族、孤独のうちに見捨てられてしまう高齢者などのことです。移住者の問題がわたしに特別な課題を突きつけています。わたしは、国境をもたない教会、すべての者の母である教会の司牧者であるからです」[39]。最近、いつくしみの聖年の準備のため、この招きが急務であると熱心に説いていらっしゃいます[40]

 教皇のこの勧告を、親族、友人、知人に伝え、一人ひとりの状況や可能性に応じた応え方をするよう励ますことにしましょう。祈りに加えて、個人的にどのように関わることできるかを考えましょう。難民についての世論を盛り上げることから、宿泊施設や仕事場の提供、経済援助などに至るまでいろいろ考えられるでしょう。思いついたことを実行するのはあくまでも自分の責任ですが、教区や小教区の取り組みに、また教皇がこの活動で推奨しておられる特定の方法に目を向けて行うことが効果的です。協力者や友人たちと同じ様に、あなたたちの多くが難民たちを助けるための活動に取り組んでいることは聞いています。それを主のみ名において感謝します。それらの兄弟姉妹に善を施すことは、イエス・キリストご自身になすことだからです。

精神的な慈善のわざ

18. 聖ホセマリアが打ち明けました。「わたしはあえて申しますが、惨めさや貧しさ、苦しみが全く無いかのように見受けられる社会環境においてこそ、キリスト教的愛徳に基づく鋭い洞察が何よりも急を要するのです。この観点からのみ、問題がないように見える社会環境の中で、慰めを必要としている人々を見抜くことができるのです」[41]

 隣人への愛の行為は、物的な援助が必要であってもそれだけではないことを考えましょう。教皇は「貧しい人が苦しんでいるもっともひどい差別とは、霊的配慮の欠如なのです」[42] と述べておられます。教会の歴史を特徴づけているのは精神的な慈善のわざを推進したことで、それは、今もこれからも常にそうあるべきです。「疑いを抱いている人に助言すること、無知な人を教えること、罪人を戒めること、悲嘆に打ちひしがれている人を慰めること、もろもろの侮辱をゆるすこと、煩わしい人を辛抱強く耐え忍ぶこと、生者と死者のために神に祈ること――、これです」[43]

 このような霊的な愛徳は何と細やかなものでしょう。また、多くの人が孤独や無理解や迫害、陰口や中傷に悩まされている昨今には何と不可欠なことでしょう。それに天国への小道を知らずに、疑いに取りつかれている人も多いのです。「今日、かつては想像すらできなかったほどの人道的支援が可能になっていますが、苦痛とか貧困とかの災難に対して社会的救済策がいくら行き届いたとしても、そのような社会的救済策は別のレベルのことなのです。それらは、隣人と個人的、直接に係わる人間味あふれた超自然的な愛の行為に取って代わることは決してできないでしょう。近くの貧しい人や大病院で病に苦しんでいる人、また、お金持ちかもしれませんが、愛情あふれる対話のひと時を求めている人、孤独を癒し霊的な助けによって心の疑いや迷いを取り去ってくれるキリスト者の友愛を求めている人たちがいるのです」[44]

 あの物乞いの女性との出来事を思い起こしましょう。聖ホセマリアはただ霊的に司祭として人間的な愛情を与えることしかできなかったのです。その女性は、お礼としてオプス・デイのために自分のいのちを捧げる決心をしました。後日、ある病院で彼女に再会し、あの物乞いの女性が主へ捧げたものを知った創立者は、彼女を未来の娘たちの中での最初の召し出しとみなしました。

19. キリスト教的連帯や兄弟愛の活動は数多くありますが、その中の幾つかだけを取り上げたいと思います。無知な人に教える、必要な人に助言する、侮辱をゆるすことです。いずれも、全ての人に対するときに示すべき洗練された愛徳を表わす事柄です。特に、わたしたちの家族、友人や同僚、知人などもっとも近しい人々に対して持つべき態度です。

 信仰の真理を知らない人に教えることは精神的な慈善の中でも基本的なものだと言えます。そのことを創立者はわずかな言葉で、「わたしたちの大きな使命は教理を教えることです」と要約していました。神と人々の大敵は宗教的な無知だと強調し、オプス・デイの仕事は、教会の救いのメッセージを全ての人々に届け、実行するよう教える「広大なカテケージス」だと明言していました。「確信してほしいことがある。使徒職とは、善、光、熱意、物惜しみしない心、犠牲の精神、仕事に対する粘り強さ、勉学における深さ、まことに寛大な献身、進歩に後れを取らないこと、教会への絶対で喜びに満ちた従順、完全な愛徳…を広めることである」[45]。このことは全て、わたしたちが関わっている人たちを教理的、霊的そして使徒職的形成に与らせるためのもので、努力を要することです。わたしたちの職場や社会、文化が、福音の真理で照らしだされるとしたら何と嬉しいことでしょう。

 このいつくしみの聖年に、多くの人がイエス・キリストの花嫁であり、わたしたちの母である教会のぬくもりを感じ取るよう、熱心に努めましょう。それは、一人ひとりが「個人的に」友だちや同僚、知り合いを形成の手段に近づかせるよう懸命に努めるなら、神の助けによって達成できるでしょう。

20. 勧めを必要としている人が様々であるように、相応しい勧めをする方法も様々です。まずはわたしたちの振る舞いによる証です。聖ホセマリアがしつこく繰り返したように、それが地上におけるキリストの歩みでした。創立者は、使徒言行録の「イエスが行い、また教え始めた」(使徒言行録1, 1)という言葉を注視し、イエスの模範を好んで熟考していました。自己の証に続いて、説明するときになったら、明白で愛情深い適切な言葉で、傷つけることなく、友人・知人の耳元で話すことです。つまり、創立者が繰り返していた「友情と打ち明け話の使徒職」です。

 言行一致は何と実り多いことでしょう。ときには、福音書が教えるように(マタイ18, 15-17参照)、兄弟的説諭の形をとることがあるでしょう。それは、愛徳から、その友人に関心を持っているから生まれた勇気ある高貴な、実り豊かな慈善の行為です。

 ベネディクト16世がこう述べていらっしゃいます。「現在、わたしたちは概して、愛という概念と、他者の身体的、物的福利への配慮に関しては非常に敏感です。しかし、兄弟姉妹に対する霊的な責任に関しては、ほとんど言及しません。しかし、初期教会や真に信仰が成熟した共同体はそうではありません。彼らは、兄弟姉妹の身体的健康だけでなく、霊的な健全さと究極的な運命にも心を配っているのです。(…)キリスト者の愛のわざにおけるこの側面を再発見することが重要です」[46]。そして、続けておられます。「悪を前にして沈黙してはなりません。真理に逆らい、いつくしみの道に沿わない考え方や行動をしている兄弟姉妹を戒めずに、対人関係や単なる個人的な都合から世間一般の考え方に迎合しているキリスト者すべてを憂慮しています」[47]

 隣人を助けるための通常の素晴らしい最上の方法であるこの福音の教えの実行が、いかに実り豊かであるかを教え続けた聖ホセマリアに感謝しましょう。これは愛徳から生まれ、真の謙遜と超自然的な賢明さをもって実行されるべきです。

 「キリスト教的な忠告は、責めたり非難し合ったりといった考え方のもとに行われるのではありません。それはつねに、愛といつくしみによって動かされ、他者の善を真に配慮することから生じます。使徒パウロがいうとおりです。『万一だれかが不注意にも何かの罪に陥ったなら、霊に導かれて生きているあなたがたは、そういう人を柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさい。あなた自身も誘惑されないように、自分に気をつけなさい』(ガラテヤ6, 1)。個人主義が蔓延する世界で、わたしたちがともに聖性に向けて旅するためには、兄弟間で忠告し合うことの重要性を再発見することが不可欠です」[48]

21. 侮辱されたことをゆるすことは、愛徳を実行する素晴らしい方法です。「ゆるしなさい。そうすれば、あなた方もゆるされる。与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返される」(ルカ6, 37-38)。莫大な負債を主人に帳消しにしてもらった後で、自分に僅かの負債を持っていた仲間をゆるさなかった人のたとえを黙想しましょう。主人はそれにどう報いましたか。「『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。わたしがお前を憐れんだように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったのか』。そして主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に渡した。あなた方の一人ひとりが、心から兄弟をゆるさないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう」(マタイ18, 32-35)。

 侮辱をゆるすことは、わたしたちが神の子であり、神の子として振る舞っていることの明らかなしるしです。「受けた侮辱や辱めがたとえ不当で無礼で粗野であったとしても、それを記憶にとどめておくことは、わたしたちにはおよそふさわしくありません。侮辱の数々を記憶にとどめておくなど神の子にあるまじき態度です。キリストの模範を忘れてはなりません」[49]。聖ルカは主のご受難を語るに当たってはっきりと記しています。「されこうべと呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。そのとき、イエスは言われた。『父よ、彼らをおゆるしください。自分が何をしているのか知らないのです』」(ルカ23, 33-34)。

 このような振る舞いが容易でないことは明白です。しかし、神の恩恵で出来るようになります。教会の初期から現代にいたるまでの多くのキリスト者の振る舞いがそれを実証しています。彼らは慈悲深くあったばかりでなく、迫害者を心から愛しました。この線で聖ホセマリアは、常にどんな時もゆるすことを決意し、さらにそれを模範と言葉で確かなものにしたのでした。

 「敵を憎むな、悪に悪を返すな、復讐を捨てよ、恨みなしでゆるせ、この教えは当時も今も、異常で英雄的、度を越した行為であると考えられています。人間はそれほど『けちな』考え方をするようになっていると言わねばなりません。全人類を救うためにこの世に生まれ、信者をご自身の贖いのみ業に協力させようと思召されるイエス・キリストは、ご自分の弟子たち、あなたとわたしに大きな愛、誠実、高潔で勇気あふれる愛の必要を教えたいとお望みです。キリストが一人ひとりを愛してくださるように、わたしたちは互いに愛し合わねばなりません。このようにしてのみ、つまり粗野なわたしたちではあるが、神の愛し方をまねることによってのみ、すべての人々に心を開き、新たな心で深く愛することができるのですから」[50]

 わたしたちは自分の行った慈善のわざによって裁きを受けることになります。「飢えた人に食べさせ、渇く人に飲ませたか。よそからの人を迎え、裸の人に着せたか。病人や囚人とともに過ごす時間を持ったか(マタイ25, 31-45参照)。同じように、以下についても問われます。不安や孤独の原因になりがちな疑いの心を持つ人が、そこから抜け出すために力を貸したか。貧困から抜け出すのに欠かせない援助が受けられない何百万もの人、とくに子どもたちが味わう、教育を受けられない状態を打ち破ることができたか。一人ぼっちで苦しむ人に寄り添ったか。自分を傷つける人をゆるし、暴力を招く恨みと敵意のすべてを捨てたか。わたしたちに対してこれほど忍耐強い神に倣い忍耐したか。最後に、兄弟姉妹のことを祈りの中で主にゆだねたか。これらの『もっとも小さなもの』それぞれの中にこそキリストがおられるのです。キリストの体は、拷問を受け、傷つき、鞭打たれ、飢え、追われた姿として、再び新たに見えるようになります。それは、わたしたちが、それらがキリストの体だと気づき、心を込めてそれに触れ、その体を支えるためです。十字架の聖ヨハネの言葉を心に刻みましょう。『夕べに、あなたは愛について裁かれるだろう』」[51]

ゆるしの秘跡の使徒職

22. 特に重要なもう一つの精神的な慈善は、罪によって神から離れた人が神との友情を取り戻すよう手伝うことです。聖ホセマリアは「ゆるしの秘跡の使徒職」をどれほど強調したことでしょう。福者アルバロ・デル・ポルティーリョも同じでした。同様にわたしも度々この点に言及しました。それは、霊魂の清さを心掛けず、しばしばゆるしの秘跡に与らないなら、イエス・キリストを知り、愛することにおいて進歩することが不可能だからです。

 教皇は、この秘跡について度々述べておられます。聖年の大勅書で「確信をもって、もう一度ゆるしの秘跡を中心に据えましょう。ゆるしの秘跡は、いつくしみの偉大さに触れさせてくれるからです。すべての痛悔者にとって、それは真の内的平和の泉となるでしょう」[52]

 同時に、オプス・デイ創立者が司祭である息子たちに勧められ、心から頼んでおられたことを黙想しましょう。すべての司祭に当てはまることでもあります。「オプス・デイの司祭が情熱を傾けるべきことは(…)、教義を教え人々を導くこと、すなわち、説教し、ゆるしの秘跡を授けることです。疲れを厭わずに、また反対されることを気にせずに、この務めに邁進しなさい。qui séminant in lácrimis, in exsultatióne metent(詩編126, 5)涙と共に種をまく人は、喜びの歌と共に刈り入れるのです。信徒である子どもたちの使命は、多くの人をこの秘跡に招いて司祭である兄弟の仕事を増やすことです。それは彼らを喜びで満たすのですから」[53]

23. 教皇が、聴罪司祭の存在自体が「御父のいつくしみの真のしるしである」と述べておられます。「聴罪司祭であることは、イエスと同じ使命に参与すること、そして、ゆるしを与え、救いをもたらす神の愛が、途切れることなく続いていることを示す具体的なしるしとなることです。それを決して忘れてはなりません。(…)だれもゆるしの秘跡の主人ではなく、神のゆるしに仕える忠実なしもべなのです。それぞれの聴罪司祭が、放蕩息子のたとえのあの父親のように、信者を迎え入れなければなりません。自分の財産を使い果たしてしまった息子にもかかわらず、その子に駆け寄る父親のようです。聴罪司祭は、回心して家に帰ってきた息子を抱き締め、再会の喜びを表わすよう求められています。聴罪司祭はまた、外にとどまり喜べずにいるもう一人の息子のもとに行くのも嫌がってはなりません。その息子の下す厳しい判断は不当なもので、それは分け隔てない御父のいつくしみを前にしては意味がないと理解させるべく説くためです」[54]

 子どもたちよ、主に、わたしたちをそのいつくしみの忠実な道具にして下さるようお願いしましょう。司祭たちは神のみ名においてゆるすため、できるかぎり長時間を割くこと、信徒たちは、友人・知人が、喜びと平和の秘跡に与ってその豊かな実りを満喫できるよう、損得なしの誠実な愛徳を通して常に熱意を持って、その人たちの心を準備しましょう。

24. 大勅書『いつくしみのみ顔』をよく読み黙想して、自分なりの結論を引き出すようお願いして結びにしたいと思います。大勅書には、教会の与える免償のたまものを頂くための巡礼についても述べられています。それは、これからの数ヵ月間に、聖母への子どもとしての細やかな信心を大いに豊かにすることになります。「この特別聖年の間、その優しいまなざしをもって、わたしたちに寄り添ってくださいますように。そうしてわたしたち皆が、神が柔和でおられることの喜びを新たに見いだせますように。マリアほど、人となられた神の深い神秘を知っている人はいません。その全生涯は、受肉した慈しみの存在で形作られました。十字架につけられ復活したかたの母は、神の愛の神秘に深くあずかることで、神のいつくしみの聖域に入られたのです」[55]

 心からの愛を込めて祝福を送ります。

皆さんのパドレ

ハビエル

ローマ、2015年11月4日



[1] 第二バチカン公会議、『現代世界憲章』40番。

[2] 教皇フランシスコ、回勅『Laudato Si』77番、参照。

[3] オプス・デイのプレチェス、祈願。

[4] 教皇フランシスコ、大勅書『いつくしみのみ顔』2番。

[5] 聖ヨハネ・パウロ二世、回勅『いつくしみ深い神』1番。

[6] 教皇フランシスコ、大勅書『いつくしみのみ顔』5番。

[7] 聖ホセマリア、手紙1930年3月24日、1番。

[8] 教皇フランシスコ、大勅書『いつくしみのみ顔』7番。

[9] 聖ヨハネ・パウロ二世、回勅『いつくしみ深い神』8番。

[10] 福者パウロ六世、一般謁見の講話、1976年4月14日。

[11] 聖ホセマリア、手紙1961年1月25日、1番。

[12] 聖ホセマリア、説教のメモ、1952年4月11日。

[13] 同上。

[14] 教皇フランシスコ、使徒的勧告『福音の喜び』279番。

[15] 聖ホセマリア、手紙1961年1月25日、3番。

[16] 聖ホセマリア、説教のメモ、1937年6月4日。

[17] 聖ホセマリア、家族の集いでのメモ、1971年9月9日。

[18] 聖ホセマリア、家族の集いでのメモ、1972年6月14日。

[19] ダンテ『帝政論』1参照。

[20] 教皇フランシスコ、大勅書『いつくしみのみ顔』9番。

[21] 聖ヨハネ・パウロ二世、回勅『いつくしみ深い神』5番。

[22] 聖ホセマリア、家族の集いでのメモ、1972年3月27日。

[23] 聖ヨハネ・パウロ二世、回勅『いつくしみ深い神』5番。

[24] 聖ホセマリア、『神の朋友』173番参照。

[25] 聖ホセマリア、『道』309番。

[26] 聖ホセマリア、家族の集いでのメモ、1971年9月11日。

[27] 教皇フランシスコ、大勅書『いつくしみのみ顔』20番。

[28] 聖ホセマリア、家族の集いでのメモ、1971年9月25日。

[29] 聖ホセマリア、家族の集いでのメモ、1971年9月9日。

[30] 教皇フランシスコ、大勅書『いつくしみの顔』5番。

[31] 教皇フランシスコ、大勅書『いつくしみの顔』10番。

[32] 『カトリック教会のカテキズム』2447番。

[33] 教皇フランシスコ、大勅書『いつくしみの顔』15番。

[34] 『カトリック教会のカテキズム』2447番。

[35] 聖ホセマリア、『指針』1935年1月9日、196番。

[36] 聖ホセマリア、『知識の香』111番。

[37] 聖ヨハネ・パウロ二世、使徒的書簡『サルヴィフィチ・ドローリス:苦しみのキリスト教的意味』1984年2月11日、参照。

[38] 『カトリック教会のカテキズム』1520番参照。

[39] 教皇フランシスコ、使徒的勧告『福音の喜び』210番。

[40] 教皇フランシスコ、2015年9月6日「お告げの祈り」でのことば参照。

[41] 聖ホセマリア、手紙、1942年10月24日44番。

[42] 教皇フランシスコ、使徒的勧告『福音の喜び』200番。

[43] 教皇フランシスコ、大勅書『いつくしみのみ顔』15番。

[44] 聖ホセマリア、手紙、1942年10月24日44番。

[45] 聖ホセマリア、『拓』927番。

[46] ベネディクト16世、「2012年の四旬節のメッセージ」2011年11月3日1番。

[47] 同上

[48] ベネディクト16世、「2012年の四旬節のメッセージ」2011年11月3日1番。

[49] 聖ホセマリア、『神の朋友』309番。

[50] 聖ホセマリア、『神の朋友』225番。

[51] 教皇フランシスコ、大勅書『いつくしみのみ顔』15番。十字架の聖ヨハネの引用は『光と愛の言葉』57。

[52] 教皇フランシスコ、大勅書『いつくしみのみ顔』17番。

[53] 聖ホセマリア、手紙、1956年8月8日35番。

[54] 教皇フランシスコ、大勅書『いつくしみのみ顔』17番。

[55] 教皇フランシスコ、大勅書『いつくしみのみ顔』24番。