「私はあなたがたを友と呼ぶ」 (2) ~この世を照らすために~

イエスは、この世を去る前に「新しい掟」を私たちにお与えになりました。「新しい掟」は、本物の友情が真の使徒職でもあることを私たちに教えています。

世界中あちこちに流れる大河の源は、大抵の場合、山の頂にある小さな泉です。最初は小さかった小川が、下流に向かう間に山のわき水や他の川の水を巻き込んで、最後には海に流れ出す広大な川となるのです。

新しい友情が生まれる時も、川の流れと同じで、最初のきっかけは自然に生まれる愛情や互いの関心事といった小さなことです。けれどもこの友情の小川は他の川からの水:一緒に過ごす時間、相手への信頼、相互の助言や会話、共に笑うことなどによって育っていくのです。川の流れが大地を肥沃にし、木や花を育て、水を注ぎこんで池や湖を生み出すように、少しずつ友情が人生を美しい光に満ちたものにするのです。

「友情は喜びを増大させ、苦しい時にも慰めを与えます」[1]。キリスト者の場合、この友情という名の川は、「生きた水」(ヨハネ4,10)であるキリストの恵みで更に豊かになります。「生きた水」の力は、流れに新たな勢いを与え、人間的な親しみを超自然的な愛へと変えていくのです。そうして最後にはその友情の川は私たちに対する神様の愛という大海原へと流れ込むのです。

どこまでも倍化して広がる

聖書の初めの数ページには、人間の創造の瞬間が描かれていますが、そこには人が神の似姿として、神に象られて創られたと記されています。この神的な「モデル」は常に私たちの霊魂の最も奥深くに刻まれていますので、私たちが自分の目を清めるならば、一人ひとりの人の中に神を見出すことができるようになることでしょう。この偉大な尊厳の故に、私たちが人生の中で出会う全ての人、仕事場で、学校で、スポーツを通して、或いは道を散歩している時に出会う人、一人ひとりが、愛される価値を有しているのです。とは言え、私たちが友情関係を築くことができる人達はその中の少数でしょう。現実的に考えて、無限に友達を持つことができないことは誰でも分かります。第一、時間が限られていますから。それでも神の助けによって、私たちはいつも心を開いて、できる限り沢山の人と友情を結ぶために働きかけることはできるでしょう。「誰もそしらず、争いを好まず、寛容で全ての人に心から優しく接しなければならないことを」(ティトス3,2)。

神様は私たちがより多くの友を受け入れることができるために心を広げることがおできになります。

このような「誰をも排除する」ことなく、「大きな心で全ての人に向けて開く」[2]努力には必ず犠牲が要求されます。聖ホセマリアのお母様は、ご自分の息子が出し惜しみすることなくすっかり周囲の人たちに自分自身を与えている姿を見て「あなたは人生の中で沢山苦しむことになるわよ。していることに全霊を傾けているから」。と彼に注意されたほどでした[3]。友情の中で心を開いていくことは骨が折れることですが私たちは皆それが幸せに至る確かな道であることを経験しています。そして私たちはより一層多くの友達を愛する力を育み続けていくことができるのです。オプス・デイに所属する人が増えるにつれて、聖ホセマリアの心の中に、オプス・デイの最初のメンバーに対して抱いていた愛情と同等の愛情を、これからオプス・デイに来る人達全員に対しても持つことができるのだろうかという不安が沸き起こってきたといいます。しかし、この不安は神様の恵みによって消えてなくなったのでした。神様は彼の心を絶えずより大きく広げていかれたからです。それは聖ホセマリア自身に「人の心はいくらでも大きくなる。愛するなら、愛情はすべての障害を克服してどんどん深くなるからである」[4]と言わせるほどでした。

これによって人はあなた達のことを知るでしょう

創世記には、ご自分の似姿として私たちを創造して下さった神さまの私たちに対する愛が記されていますが、それより遥かに驚くべき愛の証は、神の一人子のご託身でした。イエスの弟子たちは、3年間彼と共に過ごし、イエスこそが彼らにとって最も親しい友であると感じていました。彼らはイエスを「ラビ」(先生という意味)と呼んでいました。彼らはイエスの友であるだけではなく、弟子でしたし、彼ら自身がそれを自覚していたのです。ご受難を前にして、主は彼らに対する死よりも強い愛、彼らを「愛し抜かれていた」(ヨハネ13,1)ことを弟子たちが理解するよう望まれました。この「主が弟子たちをとことんまで愛し抜かれておられたという事実」こそが、最後の晩餐の親密さの中でキリストが弟子たちに打ち明けた1つの秘密でした。その時、主は更に、「私があなたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」という新しい掟を与え、この主のすさまじい愛の真理が、すべてのキリスト者を通して世紀を超えて引き継がれる望みを示されたのでした。キリストはこう強調されました。「これによって人はあなたたちが私の弟子であると知るであろう」(ヨハネ13,35)。つまり、あなたたちが他の人々に向ける愛によって私の友であることが示されるであろうと。

オプス・デイの歴史においてもこの掟に深く関わる出来事がありました。内戦が終結するとすぐ、聖ホセマリアはマドリッドに戻り、その足でフェラス通りに向かいました。内戦勃発の数日前に、フェラス通り16番に新しいDYA寮が開かれたのでした。あれからほぼ3年が経ち、そこにあったのは、略奪され、爆撃で瓦礫と化した全く役に立たない建物のみでした。しかし、その瓦礫の中に、聖ホセマリアは埃にまみれた一枚の羊皮紙ふうの紙を見つけたのでした。そこにはラテン語でイエスの「新しい掟」が書かれていました。主が弟子たちにゆだねられた「あなた方に新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13,34-35)というあの言葉です。聖ホセマリアが望んでいたオプス・デイのセンターの雰囲気を要約する言葉として、額に入れて勉強部屋の壁に飾られていたものでした。「私たちの家は多くの人たちが誠実な愛に出会い、真の友となることを学ぶ場でなければなりません」[5]。悲惨な戦争が幕を閉じ、実質ゼロからの再スタートとなった時、その土台となったのは、変わることのないキリストの甘美な愛の掟だったのです。

友がいれば登るのは易しい

「私があなたたちを愛したように」(ヨハネ13,34)とキリストが言われたように、新しい掟のモデルはイエスの愛です。ではイエスの愛とはどのような愛でしょうか。どんな特徴があるのでしょうか。弟子たちに対するキリストの愛は友人に対する愛でした。キリストご自身がそうおっしゃったのです。弟子たちはその凄まじい愛情の対象であり、また証人でした。弟子たちはイエスがお傍にいた人たちにどれだけ心を配っておられたかを知っていました。弟子たちはイエスが彼らの喜びを自分の喜びとされ(ルカ10,21)、苦しみを共に苦しまれた(ヨハネ11,35)ことの目撃者でした。主はいつもご自分を必要とする人たちのために時間を使っておられました。サマリアの女性に対して(ヨハネ4,6)、出血症の女性に対して(マルコ5,32)、そして十字架の上では良い盗人にさえ心を向けられました(ルカ23,43)。主の愛情は具体的なことの中に示されました。ご自分に付き従った人々の食べ物を気遣われ(ルカ9,13)、弟子たちの休憩を心配されたこともありました(マルコ6,31)。キリストは「弟子たちとの友情を大切にし、危機にあっても彼らを裏切りませんでした」[6]とフランシスコ教皇様が私たちに思い出させてくださったように。

イエスは、ご自分の友が周囲の人をいかに愛するかによって認められることを望んでおられます。

友情は人生における慰めであり、神様が私たちに与えられる賜物です。単なる一時的な感情ではなく、本物の愛です。「友情というものは、やがては消える一時的な関係ではなく、変わることなく、固く、忠実な、時と共に円熟する関係です」[7]。友情によって、私たちは相手をその人自身の価値で評価するようになるため、友情を愛の最も高貴な表現であるとみなす人もいます。友情とは「他の人を利用する対象ではなく、仕える対象としてみることです」[8]。これこそ素晴らしい無償性です。「無私無欲」であることが友情に固有なことである理由がこれで分かるでしょう。友を愛する人の心には自己の利益や見返りを期待する意図など全くないのです。

友情が意味するこうした本来の深い価値まで認識すると、誰でも驚きをおぼえるものです。今日では当たり前になっている、人生を「勝ち負け」で捉える風潮とは全く相容れない考えですから。ですから真の友情を経験すると、自分にはもったいないほどの賜であるように感じるのです。友人と一緒ならば、人生につきものの問題も小さなことのように思えます。アルバロ・デル・ポルティーリョ司教が、ケニア旅行の際に気に入られた「山の頂上に友がいれば登ることがもっと簡単になる」というキクユ族のことわざのように[9]、私たちが幸せな人生を歩むために、友達は不可欠です。人は夫婦間の愛がなくても、例えば独身生活を送る恵みを受けた人のように、充実した生活を送ることはできます。しかし、友情の愛を経験することなく幸せになることはできません。本物の友情があればどれほどの慰めと喜びがあることでしょう。そしてどれだけ悲しみが軽減されることでしょう。

イエスの友人を増やす

イエスの一生を知り、イエスと親しくなればなる程、友情のあるべき姿を学ぶことができます。この記事の初めに、キリスト者の友情は「神様の恵み」という流れから力を得るという点で特別であることを見ました。キリスト者の友情はキリストに由来する(キリスト論的な)次元にまで至るのだと。この新たな次元の友情は、司祭がミサの中でご聖体の主を掲げる時に唱えるあの祈りの通り、「キリストによって、キリストと共にキリストのうちに」すべての人(特に最も身近な人たち)を愛するよう私たちを駆り立てるのです。こうして私たちは、周囲の人々を「キリストの眼差しで見、常に新たな発見をする」[10]ことができるようになるのです。聖ホセマリアは私たちが人々にとって傍を通られるキリストとなるよう、周囲の人々にキリストと同じ友情、同じ愛を与えなさいと励ましておられました。ですから、いつも新しい友だちを作ろうという人間的、超自然的な熱意を祈りの中で燃やしていきたいものです。「神は救いの御業を成し遂げるために何度も正真正銘の友情をお使いになった」[11]からです。

ペトロに対する、またヨハネや他の弟子たち一人ひとりに対するイエスの友情は、彼らが御父から離れずに生きてほしいという燃えるような望みとなって表れていました。弟子たちへの友情は、彼らが召し出された使命を自覚することを熱望する心と一つだったのです。同様に私たちも一人ひとりが主から託された仕事の真っ只中で、「使徒職をするために友人を作るのではなく、神の愛が友情を本物の使徒職へと変容するのです」[12]。聖ホセマリアはよく、霊的生活においては祈りと仕事の区別がなくなる時が来ると話していました。何故なら私たちは神の現存のうちに生きるからと。友情においても似たようなことが起こります。友の善を望むなら、その友ができるだけ神様に近づいて欲しいと思うものです。何故ならそこに喜びの確かな源があるからです。ですから「友情が本物であるならば、他者を心配する心が誠実で祈りに満ちたものであるならば、共に過ごす時間はすべて使徒職なのです。すべては友情であり、全ては使徒職なのです。区別することができないのです」[13]

友達と分かち合うすべての良いことが使徒職となるのです。そこに神がおられますから。

聖人の心の中にはいつも新しい友だちのための場所があります。彼らの生涯についての書物を読むとそこには周囲の人たちの問題、苦悩や喜びについて、誠実に関心を向ける姿を見出します。福者アルバロは生涯の最後までこうした友情を育み続けておられました。この地上で最後の旅行となった聖地巡礼の時も、傍にいた人たちにキリストの友愛を示そうと努めておられました。福者が帰天された翌日、ベッドのサイドテーブルの上に一枚の名刺が残されていました。「それは、聖地からローマへ帰る際に搭乗した飛行機のパイロットのものでした。飛行中、そして特にテルアビブ空港で待っている間、ドン・アルバロは短い時間でしたが、彼自身や彼の家族について関心を示し、親しく語り合っていたのです。ドン・アルバロの訃報を受けたこのパイロットは、ドン・アルバロの遺体の前で祈るために駆け着けました」[14]。偶然のちょっとした出会いが、地上から天国へと継続する友情のきっかけとなったのです。

キリスト者は大きな大きな愛を持っています。それは人々と分かち合うための神様の恵みです。私たちの周囲の人たちとの関係は、キリストにとって、ご自分の友情を新しい友に与えるきっかけとなっているのです。聖ホセマリアに取次を願う祈りに「信仰と愛の光を持って地上を照らし」という言葉がありますが、「地上を照らす」とは友情を通した愛という素晴らしい現実をこの世に広げていくことも意味しています。時として、私たちは自分の関心事ばかりに目を向けて、せかせか動き回り、周囲の人たちの事を表面的に知ることで満足してしまいがちです。でもそれでは神様がすべての人のために望まれている「賜物」を台無しにすることにもなりかねません。私たちに与えられている「福音を伝える」という使命の大部分は、正にこの友情の本来の輝きを取り戻していくことなのです。友情を人々とだけではなく、神様との関係において育み、自己改善の望みを持つこと、つまり本物の幸せに導くのです。

José Manuel Antuña


[1] フェルナンド・オカリス、司牧書簡、2019年11月1日、23番。

[2] 同上、7番。

[3] Andrés Vázquez de Prada, The Founder of Opus Dei, Vol, I, Scepter 1997, p. 120。

[4] 聖ホセマリア・エスクリバー、『十字架の道行き』、第8留、黙想のしおり5番。

[5] フェルナンド・オカリス、司牧書簡、2019年11月1日、6番。

[6] フランシスコ教皇、使徒的勧告『キリストは生きている』、31番。

[7] 同上、152番。

[8] 聖ヨハネ・パウロ2世、1994年2月13日、「お告げの祈り」でのことば。

[9] サルバドール・ベルナル、『オプス・デイ属人区長―アルバロ・デル・ポルティーリョ司教の思い出』参照。

[10] フェルナンド・オカリス、司牧書簡、2019年11月1日、16番。

[11] 同上、5番。

[12] 同上、19番。

[13] 同上、19番。

[14] サルバドール・ベルナル、『オプス・デイ属人区長―アルバロ・デル・ポルティーリョ司教の思い出』、p. 229-230。

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