希望とは何か(1)
聖年にあたり2024年11月にローマにて行われた属人区長フェルナンド・オカリス師による希望の徳についてのクラスの内容を連載します。
私の右目が治癒した話
ある日、若い司祭は突然右目を失明します。医師たちが原因をつかめない中、彼は福者アルバロを頼ります。まもなくWhatsAppで多くの人々の祈りの輪が出来、信仰をもって彼の治癒が願われることになります。
神への憧れ(2)
「人間は、創造から出発して、すなわち世界および人間の人格から出発して、理性だけで確実に神を、万物の起源や目的として、また最高の善、真理、無限の美として知ることができます」(『カテキズム要約』3番)。
属人区長の手紙(2025年9月20日)
フェルナンド・オカリス師は、「キリストとの同化」という形成の目的について内省するよう招きます。
聖ホセマリアの生涯-79
1970年メキシコでの滞在中、聖ホセマリアは気分が悪くなり横になったときその部屋に飾ってあったグアダルーペの聖母の絵を見ながら、「私はこのマリア様を見ながら死にたい」と漏らしていました。
霊的同伴(Ⅱ)
多くの人たちが、自分がキリストと出会えたのは、あるいは信仰に立ち返ることができたのは、友人がまさに霊的同伴のようにして助けてくれたおかげですと語っています(シリーズ「戦い、親しさ、使命」第16回)。
映画に反映される信仰生活─松本准平監督
「信仰生活の中で、葛藤したり悩んだり気づいたり、あるいは満たされたりするような体験や心の動き、あるいは出来るならば存在全体を、映画という創作物に近づけて、注入していく」──映画監督の松本准平さんとの一問一答。
100周年への道(4)仕事を通して神の世界に対する計画に協力する
聖ホセマリアは、仕事を神の創造の業に参与するものと理解します。これは聖書の伝統と教会の教導職に連なる考え方であり、仕事を単なる手段的・外的な活動ではなく、被造界の完成に積極的に協力するものと見なします。
福者アルバロの取り次ぎによる恵み
日本のオプス・デイ広報室に寄せられた、がん治療に関する福者アルバロ・デル・ポルティーリョによる取り次ぎの知らせ。
赦すことを学ぶために
人が人と共に生きるために欠かせないのは、赦しを求める能力と赦しを与える能力です。私たちは皆、弱さを抱え、ときに過ちを犯します。だからこそ、いかなるときでも立ち直れるように支え合うことが大切です。そのいちばんの助けとなるのが、多くの場合、「赦し」です。 ──ユッタ・ブルクグラーフによる寄稿
霊的同伴(I)
わたしたちは皆、同伴者を必要としています──わたしたちが、心の中におられる「聖霊の常に独創的な働き」に導びかれながら、人生の旅路を歩んでいけるよう、親密な対話と励ましによって助けてくれる同伴者を必要としているのです(シリーズ「戦い、親しさ、使命」第15回)。
「命を選べ」(1)
聖性への道──それは「与える」だけでなく、何よりも「受ける」旅路です(シリーズ「戦い、親しさ、使命」第1回)。