「美味しい料理を作ってください。」

高見大司教様が2007年3月3日(土)三川女子調理師学校を訪問されたときの様子を紹介します。

  高見大司教様の来校と昼食会の料理・サービス提供が決まってから、私たちは物理的な準備と共に祈りの準備も始めました。皆が頻繁に通る廊下に桜の木を描いたポスターを用意し、「めぐみあふれる」の祈りを一つ祈る度に、花に見立てた色とりどりのシールを貼って、大司教様への“祈りの花束”とすることを計画したのです。この祈りの花束は、大司教様が来校される直前まで続けられました。大半が未信者の生徒たちですが、祈りの習慣も身に付いてきたようで、「大司教様のためにお祈りしましょう!」という呼びかけにも、喜んで応じてくれました。時には小さな子供のようにシールを貼る事に喜んだり、何回祈ったのだと自慢する場面もありましたが、大司教様をお迎えすることを皆心待ちにしていたことは確かでした。

三月三日午後二時二十分。高見大司教様は本校へお越しになられ、学校内をご案内しながら、生徒・教職員一同を交えてのお話の時間を持たれました。大司教様は、先ず今日の料理とサービスに対して御礼を述べられ、調理師を目指す生徒たちに「食事の持つ重要性」について、沢山のたとえを用いてお話しくださいました。

以前、大司教様は『バベットの晩餐』という映画をご覧になり、その内容を取り上げながら、「料理とは、ただ体を養うものではなく、心も養うのだ。」ということをご説明なさいました。映画の中で、主人公バベットの料理を口にした厳格なクエーカー教徒が「天上の味」と評価したことには深い意味があります。厳格な禁欲生活により、人々は食事を味わい楽しむことを忘れてしまい、日々いざこざが絶えませんでしたが、バベットの料理を食べる間、争う者は誰も居らず、皆幸せな気分に満たされていました。「美味しい料理は人の心も変えるのです。是非とも美味しい料理を作ってください。」と大司教様は私たちに仰いました。そこで「本日の料理は天上の味と言えるものでしたか?」と尋ねますと、「天上ではないですが・・、三ツ山(大司教様のご出身地)はありました。三ツ山といえども、長崎では三番目に高い山ですよ!」とおっしゃって、会場はどっと笑いが出ました。

一人の生徒が、「大司教様にとってお祝いの重なる三月(誕生目・聖ヨせフ霊名・叙階記念日)ですが、どの様に過ごされますか?」という質問に、「淋しく過ごしています!」と冗談をおっしゃられる場面もありました。実際は、シスター方のお祝いの対応にお忙しく過ごされるようです。

大司教様は、会場に集まった生徒たちに「信者の方は何人いますか?」尋ね、次に「要理の勉強をしている人は何人?」と尋ね、多くの未信者の生徒が要理の勉強をしていることに喜ばれました。その中の一人の生徒が「信者でない人が、御ミサに参加する時の心構えを教えてくださいますか?」と質問すると、「とにかく、ミサの中で行われている事についていく事。集中するためには他の事を考えないように。これは信者の人にも言えることですね。」と、とても分かりやすく回答してくださいました。

再び、料理の話題に戻り、「食事は家族生活の中で大切な部分を担っていると思うのですが、(調理師を目指す)私たちに出来ることは何でしょうか」と生徒が問うと、大司教様は一つのエピソードを話してくださりました。「福岡の大神学校に三十年程いました。神学生たちのカリキュラムは大変過密で、食事の時間はおよそ二十五分、早い人は十五分程度。ある時、ローマのヴァチカンから視察の神父様がお越しになって、神学生たちの食事の様子をご覧になり、大変ショッキングなことをおっしゃいました。“まるで動物の食事だね。食事は味わうためにあるのだよ。”と。まさしく、食事は体のためだけではなく、心のためにも必要なのです。私の子供の頃などは、(儒教の影響でしょうか)食事中は喋るな!と躾けられました。確かに、口の中に物を入れて喋る事ははしたないですが、しかし、家族が一日の出来事を夕食で食事しながら話すことは、とても大切なコミュニケーションですよ!そのことを大切にしてください。そして、何度も言いますが、美味しい料理を作ってください。」

大司教様のお母様の手料理について思い出を伺うと、これについても色々話してくださいました。三ツ山という地形が山深い関係上、生魚よりも煮付け料理が多く、切干大根や浦上そぼろ(長崎の郷土料理)を良く作ってくださったそうです。お話しを伺っていると、大司教様の気さくなお人柄が育まれた情景が目に浮かんできました。

最後に大司教様は生徒たちに「まだ天上の味ではないかもしれませんが、天上の味を目指してください!」と励まされ、会場の皆に祝福をくださいました。

玄関まで、全員で御見送りした際、直前まで準備してきた“祈りの花束”を御渡しすることができました。大司教様が去られると、生徒たちは口々に「ものすごくいい人に会った気分!」「あんなお父さんが欲しい!」「大司教様の写真が欲しい!」など感激の言葉を発していました。とても重要なお客様を招くことは準備も応対も緊張し、一寸した疲れも残るものですが、皆の心には「楽しくって、暖かな気持ちの一日だった!」という良い思い出が残りました。本当に楽しい一日をくださり、大司教様に感謝の気持ちで一杯です。