​17.イエスはローマ帝国に対して、どのような態度をとりましたか?

イエスが生きた世界が社会的にも政治的にも複雑な様相を呈して、しばしば緊張があった中で、イエスが最初にローマ帝国を公に拒否する表明をせず、また無批判に受け入れもしなかったことは注目に値します。

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三つの共観福音書の中には、あの意味深長なエピソード記録されています。ファリサイ派の人々はヘロデ派の人々と示し合わせて、イエスに狡猾な質問をし、言葉じりをとらえて罠にかけようとしました。「『先生、わたしたちは、あなたが真実の方で、真理に基づいて神の道を教え、だれにもはばからない方であることを知っています。人々を分け隔てなさらないからです。ところで、どうお思いでしょうか、お教えください。皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか』。イエスは彼らの悪意に気づいて言われた。『偽善者たち、なぜわたしを試そうとするのか。税金に納めるお金を見せなさい。』かれらがデナリオン銀貨をもってくると、イエスは、『これは、だれの肖像と銘か』と言われた。彼らは、『皇帝のものです』といった。すると、イエスは言われた。『では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい』」(マタイ22,16-21)。


 イエスの答えは、試みようとした者たちの次元を超えていました。彼らがイエスに迫った、「はい」か「いいえ」という判断を凌駕していました。この巧妙な質問は、イエスの宗教的かつ超越的な姿勢を世俗のレベルへおとしめようとするものでした。その質問は、提示された文脈の中で解釈すると、当時パレスチナを支配していた統治者の協力者になるのか、それとも、革命者になるのか、いずれかを迫るものでした。

 かかる挑発に直面して、イエスは神の国と地上の国家とを混同されることはありませんでした。イエスは、地上の国家は共通善を秩序付ける組織として認められるものであり、そのために税金を徴収することなども認めていたのです。しかし、国家の権力は絶対的なものではありません。当時のローマ世界では、皇帝に対して神的な崇拝がささげられていましたが、イエスは、国家にこの権威を認めませんでした。皇帝にではなく神に帰すべき事柄があるのです。世俗的機関と宗教的機関はお互いに混じり合ってはならず、自ら責任のない事柄には口をはさむべきではなく、お互いの分野を尊重し調和を図るべきであるとイエスは教えました。

  初期の多くのキリスト教徒は、彼らが生活している社会の建設のために普通の市民として生活していました。しかし、不当な法律が彼らに神を尊重しないことを強いる場合には、殉教をもって信仰を証したtのです。これこそ、イエスの言葉の正しい解釈と言えます。