
「歩けば道はできる」(2)
キリスト者にとって、天国はいつもすぐそこにあります。人生とは、旅であると同時に、目的地でもあるのです(シリーズ「戦い、親しさ、使命」第2回)。

啓示の発展(2)
神は、人間に対して少しずつご自身を啓示し、受肉によってその啓示を完成されました。キリストは教会を設立されました。教会は、キリストの記憶を生き生きと保ち、キリストをこの世に生き、復活し、永遠にわたしたちの間にとどまっておられる方として示します。そして教会は、聖書に記された神のことばを守り、伝承を伝え、聖霊に照らされながら、それぞれの時代においてキリスト者としてどのように生きるべきかを教えること(教導職)によって、この使命を果たします(シリーズ「カトリック教会の信仰」)。

「歩けば道はできる」(1)
キリスト者にとって、天国はいつもすぐそこにあります。人生とは、旅であると同時に、目的地でもあるのです(シリーズ「戦い、親しさ、使命」第2回)。

啓示の発展(1)
神は、人間に対して少しずつご自身を啓示し、受肉によってその啓示を完成されました。キリストは教会を設立されました。教会は、キリストの記憶を生き生きと保ち、キリストをこの世に生き、復活し、永遠にわたしたちの間にとどまっておられる方として示します。そして教会は、聖書に記された神のことばを守り、伝承を伝え、聖霊に照らされながら、それぞれの時代においてキリスト者としてどのように生きるべきかを教えること(教導職)によって、この使命を果たします(シリーズ「カトリック教会の信仰」)。

100周年への道 (9):人間活動の自律性と世俗性の価値
本稿では、現世的な現実が持つ固有の自律性と、キリスト教的価値としての「世俗性」について深く考察していきます。聖ホセマリア・エスクリバーの教えは、仕事、市民としての生活、仕事上各自に生じる責務が独自の法則を持っており、キリスト者は自由と個人的な責任をもって、この世界を内側から聖化するよう招かれている、という事実を私たちが理解することができるよう助けてくれます。

2. 啓示:なぜ神はご自身を人間に現されたのか
人間のうちには、神を十全に知りたいという自然な欲求が存在しますが、その知識は、神ご自身の助けなしには到達することができません。神は、聖書に記された「救いの歴史」を通して、ご自身を三位一体の存在として啓示されました。この啓示によって、神は人間に、ご自身との交わりのうちに生きる可能性を与えようとしておられます。すなわち、人間が神の恵みといのちにあずかり、こうして最終的に幸福へと至ることができるようにするためです(シリーズ「カトリック教会の信仰」)。

魂は躍る 。疲れと休息 (II)
常識、朗らかさ、他者の受け入れというキーワードをもって、この第2部では、仕事と並んで生活の中で必要とされる休息のいくつかの側面について考えます。

1. 神への憧れ
人間の心の奥底には、幸せへの郷愁があり、それは最終的な住まい、決定的な祖国への希望を指し示しています。私たちは地上的な存在でありながら、永遠を求め、神を求めています。神は、宇宙の起源と目的であり、最高の善として、世界と人間そのものを通して確かに知ることができるお方です(シリーズ「カトリック教会の信仰」)。