2. 救いの歴史における啓示
第二バチカン公会議によれば、啓示は一つの計画、すなわち人類の歴史の中で神が介入されることによって展開していくご計画に基づいています。神は主導権をとり、特定の出来事を通して歴史に働きかけられます(たとえば、アブラハムを信仰へと呼び出されたことや、イスラエルの民をエジプトから解放されたことなどです)。そして神は、それらの出来事が人々に与えようとしている救いを表すものとなるよう導かれます。さらに神ご自身が、それらの出来事の深い意味、すなわち救いに関わる意味を、ご自身が選ばれた人々に示し、その人々をこの神の働きの証人とされました。たとえばモーセとアロンは、エジプトのファラオにイスラエルの民を解放させるために神が行われた奇跡の証人でした。こうして神は、ご自身のご計画の一つの段階を明らかにすると同時に、それを実現されました。そして、人間が「神とともに生きることは自由と救いを意味する」ということを知るための道を開かれたのです。この段階に続いて、さらに別の段階と救いの出来事が展開していきました。そのため、神と人間とのこの歩みは「救いの歴史」と呼ばれるのです。
その「救いの歴史」は旧約聖書に語られており、とりわけその初めの部分にある書(主として『創世記』と『出エジプト記』)および旧約聖書の歴史書(16書。その中には『ヨシュア記』、『サムエル記』上下、『列王記』上下などが含まれます)に記されています。この救いの歴史は、ある偉大な出来事において頂点に達します。それは神の子の受肉です。これは人類の歴史のある特定の時点に起こった出来事であり、神のこのご計画の成就を示すものです。
受肉はきわめて特異な出来事です。ここでは、神はそれまでのように、いくつかの出来事や選ばれた人々を通して伝えられる言葉によって歴史に介入されるのではなく、神ご自身が「歴史」の中に入られるのです。すなわち、人となられ、人間の歴史の内側からその中心となって、説教と奇跡、受難と死、そして復活によって歴史を導き、それを内側から父のもとへ導き直されます。さらに、ご自分の弟子たちに約束しておられた聖霊を最後に遣わされます。
キリストの生涯と聖霊の派遣において頂点に達する救いの歴史の中で、神は御自身の神秘を私たちに啓示されるだけでなく、私たちに対してどのようなご計画を持っておられるのかも明らかにしてくださいます。それは偉大で美しい計画です。なぜなら私たちは、世界の創造に先立ってすでに、御子イエス・キリストにおいて神に選ばれていたからです。私たちは偶然の産物ではなく、神の愛から生まれたご計画の実りなのです。その愛は永遠の愛です。私たちと神との関係は、神が私たちを創造されたという事実だけに由来するのではありません。また、私たちの目的も、この世に存在していること、あるいは歴史の中に置かれていることだけで尽きるものではありません。私たちは単に神の被造物であるだけではないのです。なぜなら、神が私たちを創造しようと思われたときから、すでに父のまなざしをもって私たちをご覧になり、私たちを御自分の養子としての子、すなわち御ひとり子であるイエス・キリストの兄弟となるよう定めておられたからです。それゆえ、私たちの最も深い根源は神の神秘のうちに隠されています。そして、その神秘──それは愛の神秘ですが──を知ることによってのみ、私たちは自分の存在の究極の理由を読み解くことができるのです。
カトリック教会のカテキズム要約は、これらの考えを次のように要約しています。「神はそのいつくしみと英知によってご自身を人間に啓示なさいます。さまざまな出来事やことばをもって、ご自身とそのいつくしみに満ちた計画を啓示してくださいます。この計画は、神が人間のためにキリストにおいて永遠から定めてくださったもので、聖霊の恵みによって、すべての人をひとり子における養子として神のいのちにあずからせるというものです」(6番)。
