ランダースリ女史の列聖調査始まる

カトリック教会は、オプス・デイ草創期の女性信者、グァダルーペ・オルティス・デ・ランダースリの聖なる生涯を調べている。ランダースリ女史は、スペインとメキシコで使徒職を開始。オプス・デイのセンターでは、管理の仕事に携わっていた。マドリッド大司教ロウコ枢機卿が列聖調査会を主宰。

尊者グアダルーペ・オルティス・デ・ランダスリ

カトリック教会は、オプス・デイ草創期の女性信者、グァダルーペ・オルティス・デ・ランダースリの聖なる生涯を調べている。ランダースリ女史は、スペインとメキシコで使徒職を開始。オプス・デイのセンターでは、管理の仕事に携わっていた。マドリッド大司教ロウコ枢機卿が列聖調査会を主宰。

調査開始式は、11月18日、マドリードのセンター「スルバラン」で行われた。式の中でロウコ枢機卿は、ランダースリ女史の生涯に触れ、「福者ホセマリアが始めた使徒職とその仕事を支えようと、全身全霊をこめ、全生涯を捧げました」と述べた。

さらに、ロウコ枢機卿は、教会と世界における聖なる信徒の必要性に言及し、オプス・デイ創立者の言葉を引用。「キリスト信者への召し出し。それを育み、生命を吹き込む。それが聖人になるということです。これこそ、今も将来も教会の使命であり命なのです。」と語った。

1944年、ランダースリ女史(1916-1975)は、福者ホセマリアに出会う。社会の中で神に仕える召し出しを確信。福者ホセマリアは、草創期からオプス・デイ進展のために彼女を頼り、1950年にメキシコで使徒職を始めるよう依頼。女史は、6年間にわたって首都、モンテレイ、タカンバロとアミルパスで農村女性の教育に尽くした。

その後、マドリードにある二つの研究機関で教職につく。1965年、マドリード大学で化学の博士号を取得。教え子や同僚は、その教授法のレベルの高さを異口同音に称えている。どんな人にも親切であり、キリスト教的視点と自由を尊重する雰囲気が、その指導にあふれていた。

ロウコ枢機卿は、列聖調査手続き開始の法令に署名、生前を知る資料や証言を収集する法廷を指定し、言葉を続けた。「教会が望むのは、聖人が世に知られ、認められることです。地上を旅する私たちは、名前やプロフィールなど、具体的な伝記から聖人の生涯を知る必要があります。私たちは、ランダースリ女史の生涯を知りたいのです。教会には、それを伝える使命があります。」

さらに、ロウコ枢機卿は、ランダースリ女史の生涯についてこう述べている。「優れた資質に恵まれ、活動家でした。責任感にあふれ、神から頂いた美点を見事に活用しました。日常生活には、超自然の姿が窺がわれます。伝記の随所にそれが表われています。しかも、彼女が十字架を担うべき時になると、その深さは極限に達しました。」

列聖調査請願人バニト・バドリナスは、次のように述べた。「教皇ヨハネ・パウロ二世は、現代の聖性のモデルを公にしたいとお考えです。ランダースリ女史は、親しみやすく、愛すべき模範です。疲れをものともせず仕事に励み、キリスト教的観点から諸問題にあたりました。教育上、精神上の必要を満たすよう周囲に心を配り、親切を欠かしませんでした。神への愛に基づいて暮らしていました」。さらに「女史の生涯は、偉大なものです。でも、小さなこと、本当に小さな実践を続けただけです」と言葉を続けた。最期に、女史が生活の道標としていた福者ホセマリアの言葉を引用し「聖性への招きは、内的生活を深め、キリスト教的諸徳を日々実行すること。しかも、ありきたりの方法ではなく、最も素晴らしい方法で、つまり文字通り英雄的なレベルで実行するようあらゆる人に求めるのです」という言葉で締めくくった。

女史の兄で医師、エドワルド・オルティス・デ・ランダースリ(1910―1985)の列聖調査手続も1998年、パンプローナ司教区で開始された。氏もオプス・デイのメンバーで聖徳の誉れが高い。