Message of the day

主のご昇天

 『ロザリオは、この信仰(主の昇天)に基づく確信をつねに表明してきました。ロザリオは、信者が受難の闇を通り抜けて、復活と昇天におけるキリストの栄光に心を向けるよう導くからです。』(教皇ヨハネ・パウロ二世、”おとめマリアのロザリオ”、23)

『イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。』 (ルカ24、50-53)

聖ホセマリアの言葉

 『主の御昇天の祝日はもう一つの事を教えてくれます。社会にあって使徒職をするよう勧めるキリストは、私たちを天国で待っていて下さるということです。言いかえれば、私たちが愛するこの地上での生活が最終的なものではないと教えているのです。「私たちはここに不変の都を持っていない。私たちは未来の都」(ヘブライ書 13, 14)、不変の都を探しているからです。

 しかし、神のみ言葉を狭い視野の中で把握しないようにしましょう。来世での慰めのみに希望を託して、この世にいる間不幸であるようにとはお望みになりません。神は私たちがこの世にあっても幸福であるようにお望みになります。神のみが完全に与え得る来世の幸福が最終的に獲得できるのを期待しながら、この世でも幸せであれ、とお望みなのです。

 この世における、超自然的な事柄の観想、恩恵の働きかけ、神の愛の甘美なみのりとしての隣人愛などは、天国の「前金」であり、日毎に成長するための第一歩であります。キリスト信者は二重生活をすべきではなく、全活動の基礎となり全てを貫く素朴ながらも強靱な生活の一致を保たねばなりません。

 キリストは待っていて下さいます。「国籍は天にあります」(フィリッピ書 3, 20)が、私達は完全にこの世の住人でもあります。困難、不正、無理解のさなかにあっても、神に愛されている子供としての喜びと落ち着きを保つことができるからです。神への奉仕に倦まず堅忍しましょう。そうすればキリストの平和部隊、救霊に協力する民が数において聖性において増加するのをみることができるでしょう。いつも主と交わり、絶えざる対話を保ちましょう。一日の最初から最後まで、主イエス ...

聖ホセマリア・エスクリバー
『日常の出来事や、一緒に生活している人々の喜びや悲しみのうちに、同僚の人間的な熱意や家庭の小さな出来事を通して、神は私たちを呼んでおられます。』
聖ホセマリア, オプス・デイの創立者